雨ニモマケズ風ニモマケズ

東北の震災を機に、宮沢賢治の「雨ニモマケズ」の人気が復活しました。冒頭部分の「雨ニモマケズ 風ニモマケズ 雪ニモ夏ノ暑サニモマケヌ 丈夫ナカラダヲモチ」という部分が有名で、強くたくましく、根性のある生き方の見本、お手本のように流布されています。

おおむね五七調にのっとったリズム感ある文体で、歯切れの良さも文章のカッコよさを増幅していますが、実はこの作品は人間の強さを象徴したものではありません。ほとんど逆といってもいいでしょう。

雨ニモマケズは作品ではありません

「雨ニモマケズ」として有名になったこの文章は、詩でもなければ作品でもありません。宮沢賢治の死後に手帳に書かれていたメモとして発見されたものです。自らの生き方の目標として書いたメモなのか、作品作りのためのものとして書いたのか、目的も分からない文章です。
賢治が「詩」と認識していたかどうかすらわからないものですので、厳密には「詩」として扱うのは不適切でしょう。しかし適当な呼び名がないために、一般には「詩」とされています。宮沢賢治は童話作家でもあり、詩人でもありましたので、詩として書いた可能性が高いですが、童話の中で使うつもりだったのかも知れません。誰かにあてた手紙文の下書きだった可能性だってあるのです。

強さを表現したものではありません ~ホメラレモセズ クニモサレズ サウイフモノニ ワタシハナリタイ

「雨ニモマケズ」で始まる文章には力強さがあります。そのために、冒頭部分だけを読んで、賢治の心にある強さを表現したものと受け取られがちですが、最後までしっかりと読んでみると必ずしもそうではないことに誰もが気づくはずです。
「ヒデリノトキハナミダヲナガシ サムサノナツハオロオロアルキ ミンナニデクノボートヨバレ ホメラレモセズ クニモサレズ サウイフモノニ ワタシハナリタイ」
日照りが続いて不作になったときには(何もできず)涙を流し、寒さの夏(で作物が育たないとき)には(何もできずに)おろおろと歩き、(村の)みんなからは「でくの坊」(役立たず)と呼ばれて、褒められることもなく、苦にされることもない、そういう人間に、私はなりたい、と言っています。
つまり、精神的には穏やかに過ごし、みんなを支えるように働きながらも、具体的には助けになることもなくバカにされても構わない、とるに足らない人間と思われたい、と語っています。強さというよりも、謙虚な生き方の志向と考えられるでしょう。
強い体を持って毎日野原で過ごして、いさかいがあったりすれば仲裁に入ったり慰めたりするけれど、農家が困っているときにはただただオロオロと歩き回るだけで、役に立たない人間でしかない。そんな誰からも気にされない人間になりたい、というのがこの詩の主張の骨格です。陰のような存在でありたい、という生き方を表現しています。

現代は、前へ前へと進む時代です。宮沢賢治の生き方は、逆に後ろへ後ろへと後ずさりするようなものだったのでしょう。その謙虚さが美しいといえるのではないでしょうか。