せっかく考える能力を持って生まれたのです

いったいあいつは何を考えているのかという誰かの声が聞こえます。それに対し、何も考えていませんよという返事が聞こえてきます。日常生活ではよくある話ですが、偉大なるフランスの哲学者の言葉を思い返してみましょう。誰もが聞いたことがある筈です。

何も考えられないという前に

「人間はひとくきの葦に過ぎない。それは小さな弱い葦だ。だが、それは考える葦である。」ブレーズ・パスカル(フランス・哲学者、自然科学者)

訳の違いで細かないいまわしは異なるかも知れませんが、一般的には短縮して「人間は考える葦である」として知られていますね。そうです、せっかく考える能力を持って生まれてきたのですから、何も考えられないといわず考えましょう。

頭がパンクしているときは少し休めても良いですけどね。

さて、人間が考える葦であることは確かですが、人間以外の動物に考える能力があるのかないのかは、直接彼らに聞いたことがない以上わかりません。科学的研究の結果があっても、それが正しいか否かには疑問が残ります。個人的には動物も考えていると判断します。

犬や猫は前進しかけて立ち止まり、方向転換してゆっくり歩くという行為をします。少なくとも、何も考えない状態で本能的に起こした動作だとは思えないケースが多いのです。もっとも、これも人間の常識で判断しただけですから、正しいとは限りません。

ちょっと横道にそれたように思えるかも知れませんが、これも「考え」を表現したものです。

考え過ぎるのも良くない

考える葦である人間は考えるべきなのですが、考え過ぎるのも良くありません。難しいですね。しかし、考えるという作業が何を目的とするかを考えれば(また考えてしまいました)わかることです。

原則として、人間はその後の行動を決めるために考えているのです。それ以外には、生活環境を良くするためとか、疑問の解決のために考えています。それらも、結局はなんらかの行動に結びつきます。

ですので、行動に結びつかない、行動の邪魔になる考え過ぎは良くないのです。行動しないという選択も行動のひとつですが、考えがまとまらないために起きる停滞とは違うものです。

まだ結論が出ないのかときかれて、いま考えていますと答える場合、実際には考えていないか考え過ぎているかということが多いのではありませんか。

考えることで考えられるようになる

考える能力を持って生まれているとはいっても、考える機会が少ないと能力はサビついてしまいます。普段から考える習慣を付けておけば、肝心な時にちゃんと考えられるというものです。

こうしたことを考えるのも、パスカルの言葉のおかげです。「人間は考える葦である」肝に銘じておきましょう。