勝ち負けは偶然ではなく必然だというけれど

勝負は時の運といいます。そして、運も実力のうちともいいます。ということは、勝負は実力で決まるということになりますね。本当にそうなのでしょうか。 プロ野球の野村克也さんが引用することが多かった名言の中に、その答えがあるかも知れません。

勝ち負けは表裏一体の概念ではないのか

「勝ちに不思議な勝ちあり、負けに不思議な負けなし」松浦清山(肥前平戸藩藩主)

平たくいえば、勝ったからといって手放しで喜んでばかりいてはいけない。勝ったのが不思議なくらい負けて当然の状態もある。一方で、負けたときは不思議でもなんでもなく実力が足りなかったのである。というところでしょうか。

しかし、ちょっと待ってください。どうもこの言葉には前々から引っかかるところがあるのです。
勝ち負けは表と裏の関係であり、必ず連動している筈です。つまり、勝った側が不思議な勝ちであるなら、負けた側も不思議な負けでなければ辻褄が合いません。強引に合わせるなら、どちらも弱かったということになりますが、弱いなら弱いなりに、その中での優劣はあるでしょう。実力伯仲の弱さだったなら、そこでの負けを必然というには無理があります。

逆に、負けた側が必然の負けであるならば、勝った側も必然でなければおかしいでしょう。あれは相手が弱かったから勝てたのであって、不思議の勝ちなのだといわれても、相手が弱いのであれば勝って当然ですと反論したいところです。

勝って兜の緒を締めよ

松浦清山の言葉を説明するのに参考となることわざが「勝って兜の緒を締めよ」です。結局のところ、清山の言葉はこれに近い意味だったのだと解釈すれば矛盾も感じなくなります。

厳密にいえばこの2つの言葉は異なる意味を持っていますが、教訓としてはどちらも同じ効果があるでしょう。

勝っても力におごることなく精進を続けよう。負けたなら必ず原因がある筈だからしっかりと修正して行こう。こんなところですね。

勝負を決めるのは基本的に実力だが例外もある

結論としては、勝負は時の運という言葉に込められた運の解釈として2通りの意味が共存していると考えます。
ひとつは、運も実力のうちという場合の運であり、もうひとつが運に左右されるという場合の運なのです。

従って、勝負は実力の範疇に入る運も含めた力関係で決するのが基本であるものの、不可抗力的な要素である運で決まることもあるということです。しかし、運がどんなものであれ、「勝ちに不思議な勝ちあり、負けに不思議な負けなし」の精神で取り組めば、必然の勝ちを収める確率を上げることができるでしょう。余程実力が伴わない場合を除いては。

仕事でも勉強でもスポーツでも、負けて当然といわれないように努力しようということですね。